夢を見た朝
夜中にカイシャを辞める夢で目がさめた。
引継ぎもみぃーんな済んでしまった後、客先でのトラブルだ。
「おぉ、勝手にしていいよ、ワシ知らんもんね」というふてくされた態度。
もう動かなくてもいいもんね。
ふと目がさめた時、「ま、いいっか、もうカイシャに行かなくてもいいんだ」寝ようと思った。

学生時代、ずーっと新宿のコーヒーハウスでアルバイト生活をしていた。午後5時に学校の授業を終えて、晩飯食うとそのまんま新宿にすっ飛んで行き、高田馬場からバスに乗って終電までバイトに精出す生活だった。店はわずか9坪でカウンター9席、+テーブル6卓20席、合計どう転んで詰め込んでも29人しか収容できない小さな店だったが、場所がらか地下鉄から私鉄に乗り換える途中にあり、午後6時から7時の間は異常と言って好いほど込み合う店である。それでいながら常時この店にはプロパーの店長とバイトのフロア係り2人しか従業員はいない。バイトのフロア係りは洗い場係り、レジ係り、レジ脇のコーヒー豆販売の兼任である。プロパーはめったにカウンターから出ず、ただひたすらにコーヒーを淹れ、カウンターの9人の相手をするのである。
6時から7時の間はどう考えても30人は入らない狭い店で時間あたり50人、つまり一時間で2回転以上はするというとんでもない忙しい店だったのだ。
当時はまだ、ドトールなんてぇコーヒー安売り店はなく、ちょっと椅子に座ってコーヒーを飲もうと思えば一杯350円はかかったのである。
しかもその店はコーヒーをわざわざネルドリップから淹れるというとんでもなくマニアックなコーヒー店で、豆は結構高級で、普通の喫茶店で原価20円程度のコーヒー一杯が40円はするというかなり好い豆を使っている。実際に新宿の東口界隈ではベスト3に入るだろうというコーヒー専門店だった。
とにかく6時から7時の間は異常に忙しかった。何しろデパートが6時に閉まる時代のことである。閉まったデパートの客とマヌカンさん達が一斉に押し寄せてくる時間帯だ。

テーブルが空くとレジに押し寄せる客をさばくために駆けつけ、支払いを処理してそのままテーブルを片付け、空いたカップだのティースプーンだの食器洗浄機に放り込み、お冷を準備して、オーダーを聞いてコーヒーフレッシュを準備して、その間にコーヒー豆を挽いて、袋に詰め販売して、またレジを叩き、熱いコーヒーをテーブルに運び、客を空いた入り口の死角のカウンターに誘導して、洗浄機から上がったタンブラーを拭き上げて、ティースプーンを磨いて灰皿を洗って、アイスストックに氷を補充して、お冷を準備して、アイスコーヒーの準備もしなければならなければならないし、必要とあればメニューの説明もしなければならない。
学校を卒業しても、円高不況でシゴトが見つからなかった。そもそも出版社だとか映画会社だとかそんな夢見たいなシゴトばかりを追いつづけていた。なのにホントは何をしたいのかもわからない。しょせん現実に暮らす夢とはそんなものかも知れない。そんな気ままな生活に見切りをつけて、ちゃんとまともな職業につこうと思い、こんなアルバイト生活を止めて、もっと現実的な職業を見つけようとした。所詮フリータの無職暮らしである。

さて、アルバイトを止めると昼寝の毎日である。そのとき良く見た夢が、忙しい午後6時から7時までの時間帯の夢である。

客は350円の支払いに、いきなり一万円札を出す、つり銭の細かいのはレジにない。テーブルを片付けて空いたカップを下げてきても、下げたカップを置く場所がない。食器洗浄機は洗浄し終わったカップだのソーサーだのが詰まっていて、これを出さないと、食器を片付ける余裕もない。しかも両手はふさがっている。お冷をだすタンブラーがない、しかもアイスストックには氷さえなくなっている。客はさっきからレジで支払いを待っていて、こっちをにらんでいる。それでいながら、プロパーの店長がさっさと出来上がったコーヒーを3番テーブルに持っていって、そのついでに2番テーブルからオーダーを聞いて来いとうるさい。そのくせ2番テーブルはさっきの客の食器がそのまま置いてある。出すべきおヒヤの準備はできていない。あれをさっさと片付けろと、客がこっちをにらんでいるのだ。そのくせコーヒーは冷めるのを待つかのように湯気を立てているのに、準備しておくべきコーヒーフレッシュの紙パックは空のままなのだ。
そんな悪夢を3日に一度は見ていた。

アルバイト生活を終えて、サラリーマンになっても数年の間、そんな悪夢のような夢を見つづけていた。実際にカイシャというところでシゴトをはじめて、なんてサラリーマンってヤツは楽な商売なんだろうと思ったものだ。まぁもっとも給料はマクドナルドの時給なみに安い月給だったのだが。

カイシャ勤めのはじめの頃は冴えないコンピュータプログラマとしての出発だった。キーボードなんか触ったこともない人間も半年でブラインドタッチができるようになり、3年も勤めると何とかシゴトにも慣れてイッチョマエにプログラムを書けるようになる。その頃やっていたシゴトは、ガリガリのマイコンソフトウェアでデバッカなどというとんでもないプログラムを書いていた。午前中はいつもの通り機嫌が悪く、1時間だけ集中し、午後は午後で眠いものだ。

夕方になると俄然「やるきシステム」が新品のエアコンみたいに運転を開始し夕食を取った後は終電までデバックの毎日である。バグつぶしのため、テストプログラムを機械語で書いて、直前でブレークさせてステップ実行である。その後直接メモリパッチを当てて、再びステップ実行という極めて神経を使う手順でバグの再現テストの毎日だ。
そんな時、掃除のおばちゃんなんかが、間違って掃除機をコンピュータ用の電源にソケットを突っ込むとおしまいだ。30分もかけて準備した再現状態なのにコンピュータが丸ごと落ちてしまう。
どうしてもこのループを途中で抜けてしまうのだ。ソースコードのここからはじまって、ここをやって、いかん、この条件ではだめだ、 JNE 命令は16進でなんだったろう...あれ落ちた。もう一度、あれ、だめだ、処理しない、落ちた。だめだ、やっぱり落ちた。うう、腹が痛い。
昨夜は、あんまりいいモノを食べなかったのか、それともちょっとばかり飲みすぎたのか。目がさめるとトイレに直行だ。まだ、朝の4時。そろそろスズメの鳴き始める時間だ。

不思議なことに、はっきり覚えている夢を見る場合、大抵のことでガキの頃の友達と学生時代の友達がオールスターで登場することが多い。東宝オールスターマンガ祭り(というのがあればなんだけれど)みたいに過去に付き合いの会った友人たちが登場する。そこはかつてカクレンボをした小学校の校庭であったりするのだけれど、実際の場面ではありえない子供の頃のヒミツ基地のような遊び場で遊び仲間と、学生時代のアソビ仲間とが一緒に登場するのである。

なぜ、こいつがワタクシのガキの時代の甘い思い出の中に割り込んでくるのだろう。こいつとは学生時代よく高田馬場あたりの居酒屋で酒を飲んだもんだ。なのになぜオレの小学校の校庭に出てくるのだろう。
一時期、妙に律儀に日記を付けている時期があった。枕元にノートとボールペンを置いて、寝る前の一杯をやりながら汚い字で何かを書き綴っていた。日記の嫌なところは後で書きなおすことができないことである。毎日日記を書いているヒトが居たら聞いてみたいものだ。日記って推敲するか?
そんな妙な夢を見た後、突然ガバリと起きて、今見た夢の内容を後で意味不明の文字で記録していた時期があった。三日後くらいに思い出したようにその文字をたどると確かにそんな夢を見たような記憶がかすかに残っている。
自分の見た夢を整理するのに興味を持ち出すと、当然夢占いなんてモノにも手を出すようになる。白い蛇を見た数日後に憧れの女の子と一緒に食事をするチャンスができたこともあったが、やっぱり、年男と呼ばれた時期は良く歯が抜ける夢を見たものだ。親戚や身内に不思議と不幸が訪れ、年末が近づくと黒い枠のはがきを書いたりしたものだ。

空を飛ぶ夢も良く見た。手をばたばたさせるとふわりと浮くアレだ。とっても気持ちが良かった。だけれどもなぜか高く飛ぶことができない。たいてい苦しくてハァハァ言いながらよたよたと空中に浮くように飛ぶ夢だ。なぜかそこには空がなく、単に空中に浮かぶように飛ぶ夢である。

なぜかこのごろ空を飛ぶ夢を見ない。そもそもはっきり記憶に残る夢を見ないのだ。

カイシャを辞める夢を見た後、すこしづつ現実にもどり、やっぱり今日はシゴトなんだなと、時計を見るとまだ未明で、あと1〜2時間は余裕で寝ていられることがわかり、再び眠りについた。

眠りにつくと久しぶりにアルバイト時代の奇妙に緊張したあの午後6時から7時の夢を見た。この夢を見たのは実に久しぶりだった。しかしかつての夢とは違うシーンが出てきた。レジの打ち方がまったく違うのである。

当時はコーヒー350円のボタンを押して「現計」を押すとレジの引き出しが空いた。おつりは瞬間的に頭で計算するアレである。しかし今朝夢で見たレジはそんな簡単なものではなかった。どうやらコーヒー代のおつりを出すためにはあと3つか4つほどボタンを押さなければならないらしい。操作の仕方がわからない。ひそかにレジでつり銭を待つ客のほうに顔を向けてニヤニヤ笑いを見せると。

突然夢から覚めた。どうやら夢も進歩するのだ。どうもラジオを付けっぱなしで眠り込んだらしい。今日の天気予報を告げていた。やれやれ今日も仕事だ。
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