国道16号を遥かに超えた客先でチンケな東京電話のPHSのバイブレータが鳴る。
「xxさんの所のシステムが止まっているらしい」
という緊急連絡だ。あぁぁ、本日も出先からの5時上がりはなしだ。早速なんとか客と連絡を付けると、どうもシステムのマザーボードがイカレているらしい。メーカのサポートに連絡取らせて交換の指示をすように言うと、都心に向かう夕方の上り電車のヒトとなった島謙作である。
客先に「どぉもー」と声を掛けて入り込むと、しゃがみ込んでマザーボードの交換に精を出すヤツがヒトリ。グレーのシャツにパンツスーツに包んだ細身の体、肩が細くて胸はペッタンコ。なんと女性のCEさんだ。ここのハードウェアはI社製だ。なんと、Iは女性のCEさんもいるのだな。さすが箱崎方面は侮れない。
それにしてもよく話すCEさんだったなぁ。
「あ、いやね、このモデルね。結構このテのトラブル多いんですよ。特に4桁のここが2のモデルね。なんかあったら必ずさっさとMB交換することにしてんですよ」
(頼む、黙っててくれ、そのサーバ売ったのウチなんだから....)とヒヤヒヤしているコッチを尻目に、コイツは次々とべらべらと「Iさんの内輪話」をまくし立てる。「もうこいつは所詮パソコンなんだからぁ。よくやっちゃうんですよねぇ。大事なシステムはやっぱこっちにしましょうねぇ。」なんてAZ400だとかというデカイ筐体を指差しながらマザーを交換する彼女。
楽しそうだなぁ。(止してくれよぉーお、オレその「パソコンの大事なシステム」の専門家なんだからぁ。)まぁ楽しいといえば楽しいヒトトキであるし、お茶をこぼしてお茶ッパくっついた客のメインフレームのマザーボードを交換した話なんて聞かせてくれる。泣きたくなるくらい爆笑できた。おもしろいヤツだといえばそのとおりだ。頭にくるけど、専門家としてはコイツの話は聞いておくに限る。
とにかく、「黙ってむっつり」が基本のフィールドエンジニアが業界のほとんどなのに、とにかくI社のエンジニアはゴキゲンなヤツが多いし、結構気軽に話しに乗ってくれているヤツらが多いのも事実。さすが日本のITビジネス業界の中では、サービスに長けているだけのことはあるよな。気の利いた冗談とマジメな「ホンネ」のひとつもサービス業である彼らの仕事なのかも知れない。
大体が、客の文句を黙って聞いてあげるのがサポートの役割だ。壊れたからって言って彼らに直接文句を言うのは可愛そうというもんである。文句あるなら作ったやつと設計したヤツと売ったヤツに言えばいいのだ。
いかにこのディスクが入手困難かの能書きだけ垂れて、ホットプラグのディスクを「ガチャリ」と交換して「修理終わりました」と深々とお辞儀をして宣言して帰った三田方面N社のCE、影でコソコソして結構シェアだけは多いF2、よく壊れ、行くと必ずCEが昼間っから客のサーバの筐体開いている技術のH、むっつりが多くて、キーボートを触るのはシゴトじゃないと宣言したCQのCE。とにかく新品でも最初から調子が悪くてどこでも必ずMBを交換したという話ばかりを聞かされるのに全然マトモに動かない高井戸のP。
とにかく女性でこんだけ明るいCEさんは初めてだった。
ということで、このヒトに限らず、今回も外資系企業で働く、女性に限った話をいくつか。
子供が生まれてから、益々自宅に帰りたがらなくなった連続徹夜3日目の営業のSが謙作の席にやってきて、一通り「今度の客であるY社と業務内容」といったものを説明してくれた。システムとしてはどうということのないフツーのシステムと業務内容だし、客のY社は有名な外資系マーケティング会社だ。
どうもヤツが「困った」という顔をしているので「どうしたんだ」と聞くと
「あ、いやね。今回スンゲーいやな客なんですよ。担当者は女性でボクなんかより全然年配なんですけどね。スンゲーいやな性格なんですよ。そこの日本法人の社長がまた輪をかけて性格いやらしくってね。気が重いんですよ。」
とヤツは首を30℃ほど傾けながら、アッチの方に去っていった。
そんなことはどうでもいい。技術も売れは媚びも売る、芸も売るし体も売って、でたらめでも26個のアルファベットを駆使して英会話しながらシゴトするのが笑って踊れるシステム屋というもんだ。サービス業ってそういうもんだろと思っていたのだが、ある日、全然別件Sと打ち合わせに出かけたときにヤツの携帯が鳴った。
どうやら営業のアシスタントからのメールらしい。ヤツはそのメールを黙って読むと一言
「読みますか?」
とニヤリと言って、携帯メールの内容を見せてくれた。彼の営業アシスタント嬢からの連絡が入っていた
「Y社のIさんから連絡欲しいとの事です。それにしても声の感じ気持ちワルィ!」
どうもヤツの営業アシスタント嬢も不気味に思うくらいの感じが悪い担当者らしい。困ったぞ....うん?Iさん????
「おい、Iさんて言ったな、フルネームは何ていうんだ?」
とたずねるとヤツの名刺入れから名刺がでてきた。そこにはなんと、謙作が8年ほど前に担当していたカイシャに勤めていたIさんの名前が出てきたのだ。
そのカイシャは女性向けの下着を輸入販売する外資系企業でスタッフはほとんど女性。当然IT担当者も女性である。Iさんはそこでシステムのお守りをしていた。確かに早口で嫌味なことを並べ立て、当時後輩のU君なんかもひどく叱られてひどく荒れまくった夜を新宿で一緒に過ごした記憶があり、Uのヤツもひどく嫌っていた女性だった。直接謙作とはあまり口を利く機会がなかったのは、Iさんがその直後に退職したからである。
そうか。思いだした。手ごわいぞ。
そう決心すると、このシゴトは絶対に手抜きができない。事前に充分準備を怠らずにそのシゴトに着手したのである。
そして、Iさんとのアポイントを取り、彼女と日本現法の輪を加えてイヤらしいという社長の散々な嫌味をたっぷり聞いたあとのこと、昔のことをIさんにちょっと聞いてみた。
どうやら彼女は全然コッチのことは覚えていなかったらしい。彼女は謙作をエレベータホールまでニコニコ見送ってくれた。
結局このシゴトは謙作の作戦勝ちである。何しろ年上キラーと入社以来呼ばれ、母性本能をとことんクスグリまくる事に関しては天性のキャラクタを持つ新入社員のT君を担当に取り付けたのである。
ヒト嫌いせず、愛想がいいことこの上ない新人T君のおかげでヤツは歳が倍は離れているであろう彼女からバレンタインデーに冗談だろうけどチョコレートまでせしめてしまった。もちろん、コッチはしっかりヤツのことはサポートしてあげてのことである
Tはチョコレートを頬張りながらノタマッタ。
「このシゴト美味いですよ」
それにしても、システム立ち上げは本社との時差の関係で前夜からの徹夜だった。おまけに連休だったことをいいことに、シゴトはダブルブッキングだし、連日の徹夜続きだ。やっときわどいところをこらえて昼時は完全にヨレヨレの謙作に対し、Iさんは「お午にしましょう」と提案してくれたのだが、痔と便秘とさまざまなオヤジ病に侵され、立てない程のヘロヘロ状態じゃぁ外に行くこともできない。
「すみませんお弁当にしてもらえますか?、おいT、買出し行けよなぁ」
すると、彼女の顔が途端に曇り、Tといそいそと出かけて行ってしまった。
後でTに聞くと、彼女はこうぼやいていたそうだ。
「あの、ケチな社長に電話して昼は出してくれると言うのに、お弁当とはねぇ。悔しいぃ!」
やっぱり担当はTにして正解だったのだろう。シゴトはまだ続いている。
外資系ソフトウェア企業のU社は謙作の取引先である。行くたんびにTシャツだとか、携帯ストラップだとかテレフォンカードだとかボールペンだとか何かと愛想をよくしてくれるのだが、何しろこの業界で外資系、ヒトの入れ替わりが激しいことで有名だ。Oさんはセールスエンジニアである。新製品が出るたびに大勢の前でプロジェクタを前にデモンストレーションをやり、このテの事をやらせたら弁は立つし第一タッパがあるからキリリとして見栄えがある。彼女には随分お世話にもなったのだが、退職してこんどはD社に行くことになったという話を聞いて残念に思ったものだ。
ただひとつ彼女には普通だけど普通じゃない癖がある。まぁ別にフツーなんだけど、要するにヘビースモーカなのだ。彼女が勤めるU社のオフィスは禁煙なのだが、一度何かの用事で遊びに行った時、相談ごとがあったので声を掛けたら、彼女は禁煙の会議室に閉じこもり、窓を全開にしてマルボロを咥えながらデモ用のマシンをセットアップしていた。
一度、謙作の勤めるアイランドセンターで、客を呼び込みセミナーを開き、デモをすることにしたのだけれど、昼休みになるとどうも彼女は落ち着いていない。普段の彼女を知っている謙作としてはピンと来た。
「あ、タバコ吸いに行きましょうよ」
その後、マルボロメンソールを咥えた彼女はロビーで妙に饒舌だった。
彼女がU社を辞めてから半年ほど経ったある時、アイランドセンターである案件を捕まえてしまい、Oさんが転職したD社の製品を客に売り込むことになってしまった。家族の生活費に悩む営業S君ここはガンバリどころである。早速D社に移籍したOさんに連絡を取り付け、客先のプレセールスに押し込んでしまった。
久々の大規模案件だ。これは大手のシステムベンダーのE社の協力も必要ということで、気は弱いが顔が広く、嫁と餓鬼には弱い営業のS君は早速システムベンダーのE社のセールスもとっ捕まえて3社協力体制が出来上がってしまったのである。
さて、その3社でのいかにしてD社の製品を売り込むかという戦略会議の冒頭、Oさんは自己紹介の席でこう言い放ったそうだ。「このたびD社を退職してここにいるE社に来月からお世話になるOと申します」
打ち合わせの面々がどどっとノケぞった事は言うまでもない。ついでにこの案件は破談となったことは言うまでもない。
さて、その後、Oさんがかつて在籍したU社のセールスに彼女の事をイニシャルトークで聞いたところ、向こうもピンと来たらしい。
「あ、パチスロ狂いのOさんですか?」
うーむ、確かに彼女ならなぁ。きりりとしたスーツ着てプレゼンテーションやるときの彼女とは想像は付かないけどマルメンくわえてパチスロに向かっている姿は似合っているかもなぁ。
Nさんは小柄で華奢な年齢不詳の女性である。結構はっきりした目鼻立ちで一見若そうに見えるのだが、年齢不詳というのは要するに島謙作が女性を見る眼がないと言うことである。
彼女は謙作が顧客とするR社のヘルプデスクでありシステムオペレータである。客のシステム担当者がぼそっと話したところによると、テキサスで子供時代を送ったという帰国子女だそうだ。
であるからして当然英語はバリバリで、そのカイシャの役員、もちろんネィティブな方々、のヘルプデスクを担当している。多分英語は南部テキサス訛りがあるんだろう、と勝手に推測するのは謙作の英語能力は高卒程度だからである。
「あ、いやね。あのヒトの言うこと早口でよくわかんないのよ」
そう、社長の悪口を言いながら、彼女は自分の席に戻った。ちなみに多国籍企業であるR社の日本法人の社長はUKの出身で一度スピーチを聞いた限りではあれがキングスイングリッシュというのだそうだ。
ある日、子供に風邪を移されて動けなくなったS君の代わりに営業会議にR社に行った謙作を見つけるなり彼女はこう言った。
「きゃぁ、島さん、今日アタシ誕生日なのよぉ、何くれんのぉ?」なんて言われたのだが、自分の母親以外の女性に年齢を聞くことなんて怖くてできないので。ドキドキしながらそのままほおって置いたもんである。
彼女に12歳の子供がいることをイキナリ聞き出したのは、怖いもの知らずで年上キラーの万物無敵の無邪気な新人T君である。
「いやぁ、ショックですよ、あのNさんに子供が居たなんて、悔しいっすよ」
何が悔しいのか良くわからない。どうもTのヤツは年上でああいった目鼻立ちにヨワイらしい。結局謙作の女性を見る眼というヤツがないということだ。そうかヤツの弱点はわかったぞ。ところで、プロジェクトが終わりに近づくとオペレータさんたちに「運用マニュアル」というのを書いてやらねばならない。昔は「マニュアル読んでね」と言ってポカンとしている客を後に残して済んだものだが、これだからユーザ企業ってヤツはめんどくさいものだ。仕方がないので、必死にマニュアルを作って納品してあげた。全部で60ページの力作だ。
ところが意外なところから担当者にクレームがついたのである。
「島さん、内容はよくできてるんですけどね。オペレータのNさんね。あんまりムズカシイ漢字読めないんだよな。」
以上でこの話はおしまいなんだけど、昨日客先の研究機関でシステムの変更のためのテストをしていたら、そのすぐ横で、グリグリのグラフィックで有名な外資系S社のマシンを前に、黒いスーツを着たメーカの女性インストラクタらしきヒトが客に説明会をやっていた。
こっちはゲロゲロのキャラクタインターフェースで有名なソフトウェアを後ろの方でコソコソいじくっている。全くベタでかっこ悪いときたらありゃしない。
どうも実用性には乏しいが見かけだけはかっちょいい紺色のデザインの筐体と、グリグリのグラフィックスの性能で有名なS社である。(既にイニシャルトークでわかるかもしれないが)まったくあそこの機械ときたら、デザインだけは実用性を完璧に無視している。
あのサーバのラックの形だと、連結するのはエライ面倒だろうな。なんて実用本位のシステムをいじくりながら、黒いスーツを着込んだインストラクター嬢を眺めていた。中々の美形である。
それにしても外資系コンピュータ関連の企業で働く女性というのはどうして黒いスーツを着たがるんだろうな。Oさんもそうだったしな。いつもそればかりが不思議に思えた一日だった。
別に彼女たちが外資系のヒトビトだからと言って特殊だと言うつもりはない。先日、ごりごりの日本企業の都内某本社でシゴトがあったのだが、そこでは、紺の事務服と白いブラウスを着た「女の子」達が沢山いた。一日中けなげに働いている。その横でコンピュータをいじりながらぶつぶつシゴトをしているのにも飽きたのでタバコを吸いに喫煙所に行ったのだが、そこで交わされるセクハラめいた会話。オッパイのついた事務機。
ここで取り上げた彼女たちは別にどこの会社でもいるのだろう。言動や態度はちょっと違うのかも知れないけれど、よりナマの人間身の溢れた人たちで実は大好きだったりするんだな。