走れジョブス


ジョブスは激怒した。必ず、かの那智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。ジョブスには技術はわからぬ。ジョブスは村の牧人である。

今日未明、ジョブスは村を出発し、野を越え山を越え、数々の困難を越え十里離れたこのシアトルの街にやってきた。

ジョブスには父も母もない。資金はあるが、女房もない。生れて7年のネックストと言う器量は良いが内気な妹がいるだけである。

この妹は村の律義ではあるがなかなか展望の開けないりんご農園主を花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近なのである。ジョブスはそれゆえ花嫁の持参金だとか特許なんかを持たすため、はるばる市にやってきたのである。ジョブスはそれらの品々を買い求め、都の大路をぶらぶらあるいた。ジョブスには竹馬の弟があった。今は、シアトルの街であまり売れない窓屋をやっている。弟の窓屋には久しく会っていなかったので、妹の結婚式にかこつけて乗り込んでいく事が楽しみで仕方がなかったのである。

歩いているうちにジョブスは街の様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に陽も暮れて、業界が暗いのは当たり前だが、業界全体がやけに寂しい。のんきなジョブスもだんだん不安になってきた。パーティで会った若い経営者を捕まえて、何があったのか? 1980年代は活気にあふれ、誰もが何も恐れない様にチャレンジに満ち溢れていた業界だった筈だったが、と質問した。若い経営者は、首を振って答えなかった。
しばらく歩いて港でヨットの修理をしているダンディな老爺を捕まえ、今度はもっと語勢を強くして質問した。老爺は含み笑いをして何も答えなかった。ジョブスは両手で老爺の体を激しく揺すって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばからぬ大声で、ズケズケと答えた。

「王様は、会社を潰します、もっとも奴が王様だと言うんならね」
「なぜ潰すのだ」
「シェアを確保しようとしているというんだが、俺だってその程度の野望は抱いているはずだね」
「たくさんの会社を潰したのか」
「はじめはDOSのメーカーを、つぎは圧縮ソフトのメーカーを、次は会計ソフトのメーカーを、次は俺を狙ってるんだがね」
「驚いた、王は乱心か」
「いや、乱心じゃないね。よそのメーカーを信じる事が出来ぬ、ということだけど、俺だって信頼してないもん。この頃はハードウェアメーカーのココロをも、疑っていて、少しでもウォールストリートで派手な動きをしているメーカーがあれば、添付ソフトを一つ付けて出荷するように圧力をかけている。命令を拒めば、OSのライセンスを断られて潰されてるよ。今月は六社ほど潰されたね。
じゃ”さよなら”だ」

ヨットの帆に翻る日の丸を見送って、ジョブスは激怒した。「呆れた王だ、生かしておけぬ」

ジョブスはじつは計算高い男であった。ネギを背負ったまま、のそのそとキャンパスに入って行った。たちまちジョブスは巡邏の法務担当者に捕らえられ、調べられて、ジョブスの懐中から訴訟状が出てきたので騒ぎが大きくなってしまった。ジョブスは、王の前に引き出された。

「この訴訟で、いったい何をするつもりだったんだい?、フンフン?」
暴君ビルゲティウスは人を馬鹿にしたように、しかし計算高くメガネの奥から見つめて体を前後に揺すりながら問い詰めた。その顔はソバカスに溢れ、シャツの脇の下には汗の染みが深く残っていた。

「業界を暴君の手から救うのだ」ジョブスは悪びれずに答えた。
「ふふぅん、君がか」王は馬鹿にした様にジョブスを見つめた。「仕方がないねぇ。ボクにはこの業界に友達はいないんだよ」
「言うな」
ジョブスはいきり立って反駁した。
「よそのカイシャがやっている事を真似るのは、業界で一番嫌われることなんだ。王はハードメーカーの忠誠さえを疑っておられる」
「相手の言う事をいちいち聞いていたらやってられないよ、と教えてくれたのは君たちよそのメーカーじゃないか。どこのメーカーだって私利私欲の固まりなんだよな」
暴君ビルゲティウスは更に激しく体を前後に揺すって呟き、ほっとため息をついて「ボクだって訴訟のない平和な業界を望んでいるんだけどね」
「何のための平和だ。自分の利益を守るためか」今度はジョブスが嘲笑した
「業績を上げようと努力しているメーカーを潰して何が平和だ」
「ちょっとうるさいよ、ボクがしゃべっているときはジャマしないで欲しいんだけどな」王は前足をぶらぶらさせて報いた。
「ボクにはみんなの腹の底が良く見えるんだ」
「ああ、あんたは利口だ。私はちゃんと株を売ってやるつもりでいるのに(あ、言っちゃった)......ただ」とジョブスは口に出した事をちょっと後悔して
「ただい私に情をかけたいなら、ちょっと三日ばかり待って欲しいんだ。たった一人の器量はいいがイマイチな妹ネックストをリンゴ農園に嫁にやるんでね」
「フフ馬鹿な、」と暴君ビルゲティウスはカン高い声で言った。
「冗談じゃないよ、逃がしたシェアが戻ってくるって言うのかい?」
「そうです。戻ってくるのです」ジョブスは必死に食らいついた
「私は約束を守ります。ネックストが私の帰りを待っているのだ。リンゴ農主との結婚を待っているのだ。
そうだ、そんなに私の言う事が信じられないのなら、ここに私の唯一無二の弟、マッキトッスという売れない窓屋が居る。三日後の夕暮れまでに私が帰ってこなければ、この窓屋を好きにしてもらってもいい。ブラウザでも何でも付けて売り払ってくれ」

それを聞いて王は、ニコニコと笑った。このうそつきにボクはだまされたふりして窓屋を奴隷として売り払ってもいい。そう、絶対このヤロは帰ってこないに決まっている。きっとこれから三日間で窓屋の株を買い占めてやろうと思っているに違いない。そうして三日後に窓屋にブラウザをくっつけて売り払うのも興かもしれないな。
ふふ、ボクってなんて頭いいんだろ。そして、いかに世の中みんなが愚かしくって、金の亡者なのかをフリーウェア、オープンシステムの信者に見せ付けるのもいいかも知れないな。
「そりゃ、いい考えだ。さっそくその窓屋を連れてきてくれないか。ただし、遅れてきたら、その窓屋にブラウザくっ付けて奴隷にして売り払うぞ。ま、ちょっと遅れてきた方がいいだろうね。そうしたら君の持っている株券高く買ってやってもいいよ。一億五千万デュカスなんてどうだい」
「な、なにをおっしゃる」ジョブスは提示額に一瞬ぐらつきながら答えた。

「いやね。キミは窓屋にボクのブラウザを付けてボクに売り払う、君の株式は高く売れる事が出来る。ボクもキミも損なんかしないんだよ。ただ、君がちょっと遅れてくればいいんだ。ただし、窓屋はぼくのもんだ」
ジョブスは地団太踏んで悔しがった。ものも言いたくなかった、(が内心ほくそえんだ)

しばらく会っていなかった弟マッキトッスは、7年ぶりに合ったのだが、昔のニコニコ顔とは違ってひどく落ち込んでいた。電源を入れると「ふぁぁぁーん」と大人びた気のない返事をした。窓屋のマッキトッスはこれまで、ジョブスの手を離れ、コーラ屋だとか半導体屋の下で必死に丁稚修行をしてきたのだ。そうして苦労して、学校や美術館、出版社の窓を受注してきたのだ。マッキトッスは、チカラなく「ぷしゅーゥ」とシャットダウンし暴君ビルゲティウスに縄打たれた。
ジョブスはすぐに出発した。夜には満点の星空である。

前編終わり、後編は続くのかぁ?

※良く似た名称やなんかがありますが、全て架空です。(ハクション!)

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