やさしさと残酷さと

2008/11/04

「死にかけたものを優しく生き返らせるってわけね。やさしいのかな、残酷なのかな」

松村具視 - 「時代屋の女房」から

小説より映画の方が印象強いな。

名女優:夏目雅子。一番輝いていた、一番美しい映画だった。それからすぐにお亡くなりになったけど。

当時、ボクは城南に住んでいて、近所に「初代:銀座通り」こと、戸越銀座の商店街があった。オレの親父と同い歳の緑色の3両編成の電車がゴトゴト走る街。そこをズンズン東に向かって歩いていくと、大井町に出る。

大井町には武蔵野館があり、大学予備校の学生証と「ぴあ」なんか持っていくと400円で2本立てを見ることができた。タバコは止められなくなっていたけど、テレビなしの生活に慣れていたから、映画館のスクリーンはすごく魅力的だった。

かばんに菓子パン1個放り込んで、朝から晩まで良く映画を見たものだ。その頃は邦画ばかり見ていたと思う。

大井町武蔵野館は邦画専門の名画座だった。高倉健の「冬の華」とかよかったよなぁ。見た後、絶対に上着のエリ立てて出てきたもんだ。もう一度、あの華やかとは決して言えなかった80年代の邦画を見てみたい。

何しろ映画館を出るとすぐ目の前に「時代屋」の映画のシーンが出てくる。夕暮れの大井町と、怪しげな関西弁を話す親父が主人って感じの喫茶店がありそうな薄汚れた商店街。

すごくインパクトがあった。今でも、大井町を電車で通過すると、「あそこに時代屋があったはず」と思いながら、現実の車窓から名画座の中にありえない古道具屋を探してしまう。

やさしいことは残酷なこと。

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ヒトをどうやって傷つけないか気を遣って、知らず知らずに他人を残酷に傷つけていることって良くあるんだよね。

もう死にたいと思っている古道具を蘇らせて残酷に第二の人生を歩ませる古道具屋商売。

優しいことは残酷なこと。

長く意味がわからなかったけど、ずいぶんそうやって他人に優しく振舞って残酷なことをしてきたんだろうか、って昨日ふと思い出したら、そうか、「時代屋の女房」にそういうセリフがあったなってね。

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