いかにしてさりげなく
Feb 08 2001

さてあなたならどうする
今日も島謙作は街を歩いていました。するとお腹が痛くなる。今朝はちゃんと家で用を済ませてきたというのにです。昨日の夜、酒飲みながら何食ったんだろう、なんて思い出しなが、さりげなく「本日の業務目標」といったものをいったん中止して、緊急事態に対処する手段を探すわけですね。
緊急事態というのは緊急だから緊急であって、30分我慢できるというのは決して緊急事態とはいえないのです。たしかに銀行が潰れて3万人が失業したからといって慌てることはないのです、別にあなたが失業したわけではないのですから。
あ、これはちょっと話しが違いますね。
出かける際は忘れずに
たとえば、これが今から電車に乗ってどこか客先なんかに出かけるという目的がある場合、目的地が近いか遠いかあるいは急いでいるのか、余裕があるのかによって行動パターンが違うわけでなのです。たとえば、自分のオフィスを出たばっかりでこれから電車に乗ろうなんてぇ時は、おおよそ自分の守備範囲の中にあるわけで、たしか、あのビルにある喫茶店のは結構使いやすいんだよなとか、途中にあるあのオフィスビルは出入りがノーチェックで1Fのエレベータホールの奥に個室が確か二つあったはず、なんてのが瞬時にコンピュータのデータベースバンクからひっぱりだしたかのように現れてきたりなんかするのです。もっとも今自分が普段いるオフィスから出たばっかりだったりすると、ちょっと忘れ物でもしたかのように、さりげなくカイシャのあるビルのロビーの奥に駆け込むというなんてぇのは秘伝の技でもなんでもなかったりします。
不審人物あらわる
ところが、これが電車に乗って移動の最中であれば、もういけないわけです。途中の乗換駅、下車駅、あるいは客先。さてどこでこの困難を解決するのかという一日の難問にぶち当たるのですね。当然乗換駅となれば、やっぱり「駅便」という選択肢が考えられるわけですが、紙もなく、清掃の行き届かないこの選択はできるだけ最後の手段としてとっておきたいところになります。
電車の乗換駅とくれば、結構大きなターミナルであり、「駅ビル」というのがあり、ここには結構大きな百貨店なんかが入っている場合があります。
たとえば新宿ならマイシティ、池袋なら西武デパート、渋谷なら東急百貨店といったところでしょうか。もし、時間があるのであれば、当たり前のようにこのテの建物の、それも3階とか4階なんかの非常階段周辺をうろつく午前11時の不審人物一名ができあがるわけです。こんな時間帯のデパートに、馬鹿でかいカバンをぶら下げた、怪しいサラリーマン風の人物一名、きょろきょろしながら、やや青ざめて上気した顔で目はウツロ、どうみてもデパートで買い物をする風でもない。こんな時に限って清掃中だったりするんだなぁこれ。
下着売り場のその奥に
とはいえ、まだ山の手沿線のターミナル駅なら、まだ許せるのだけれど、これが結構郊外の出先に行く途中の乗り換え駅だったりすると困ります。池袋から乗り換えた郊外電車。さてこれから至極の30分、最高の居眠りタイムだと乗りこんだ急行電車。週刊誌を開こうか、それとも週刊誌の目次だけ眺めて居眠りしようかと思った矢先に訪れた下腹のいつもの不快感。うーぅ、今日もやってきた。オレとお前とは仲が悪いが長い付き合いだ、この卸しがたいお前をどこで解放すればよいのだ、とやや急激に青ざめた顔をしながら、さっきまでの眠気も吹き飛んでしまい、さりげなく雑誌の特集のタイトルは目に入るのですけれど、まぁ中身はぜんぜん頭に入らないのです。

さて、電車はあと10分で目的地に到着です。まぁ、我慢できるのでしょうが、これから客先で商談だというのにできればその前にはお前を解放してやらねばならんな、などと思いながらこれから向かう目的地の駅前の模様というのを脂汗浮かべながら思い出すわけですね。

そうすると「駅前には確かスーパーマーケットなんかがあったはず」なんてぇ怪しい記憶がよみがえってきたりなんかするわけです。もちろん、「マルエツスーパー」なんてシケた食品スーパーではなく「xxストア」みたいな、私鉄関連企業なんかが主に経営している百貨店もどきですね。1Fは誰が買うのかわからない雑貨品、2Fはレディースファッション、3Fは紳士、子供服、4Fは本屋とレコード店(あ、レコード店て言わないな、今はね)なんかがあるわけですね。5Fには決してうまいとは言えない「ラーメン餃子定食¥950」などという非常識な看板をぶら下げた中華料理屋がある食堂街、たいてい地下には食品マーケットがあります。

ここは我慢してでも4Fまでちゃんとさりげない顔してエスカレータに乗りましょうね。慌てて2Fなんかで「男女マーク」を探してはいけません。ただでさえ不審な午前11時のバカデカ鞄のネクタイ男、こんなところで女性下着売り場の奥できょろきょろしながら「男性用」を探すというのはあまり正しいやり方とは言えないわけですよ。それから3Fの紳士服売り場も止めましょう。あなたはここで用事が済んだら、客先で自分を売りつけるのであって、今ここでネクタイを売りつけられるわけにはいかないのです。
4Fあたりなら、「これから電車に乗るんだけれど、あんまし今日は欲しい週刊誌が出ている曜日でもないしねぇ、ちょっと時間が余ったのでそれなら、ちょっくら読み物でも探して電車に乗るわ。あ、こんなところにこんなものがあるので、じゃぁちょっと用でも足してくるね」なんて、どう隠しても隠せない脂汗をかいた青い顔なのに、本人はさりげない風に非常階段の脇に駆け込んだりなんかするわけです。

やっとたどり着いた個室に座り込むと、ほっと一息つける。パブリックな空間に勝ち得たプライベートな空間。ほんと、ここの掃除のコストは誰が支払うんだろうなんて考えてしまいます。
 

オフィスビル
さて、これが都心のオフィスビル街にある出先なんかだったりすると、ちょっとわけが違います。いかにさり気なく、一階のエレベータホールの奥の一生陽の当たらない部署にアポイントなしで押しかけるのかという、非常に高等な営業マンの「アポなし押しかけテクニック」というのが要求されるわけですね。まず、そのテクニックを使って一階の受け付けを突破しなければなりません。
当たり前ですが、都心の「東証一部上場xx産業株式会社本社ビル」なぁんてところに営業かけてはいけません。当然そこには、麗しき受付嬢がいらっしゃるわけで、隣にはむくつけきガードマンなんかが手を後ろで組みながら「アポなし営業マン」を迎撃する態勢で挑んでいるわけです。ここで受付嬢に「スミマセン、あの、お手洗いどこですか」と聞ける勇気があるのなら、きっとあなたはすばらしい営業マンになれるでしょう。間違っても合コンを申し込むかのように名刺を置いてきてはいけません。多分あなたのカイシャの評判は地に落ちるでしょうねきっと。
まぁ、中小企業にお勤めのどうほめてみても見栄えのしない島謙作であれば、本人の名前どころか会社の名前もおぼえてくれないのでしょうが。

やっぱりねらい目は「xx不動産yy町ビル」みたいな12階建てのいかにも中小企業の本社がたくさん入ってそうな中層オフィスビルがねらい目です。まちがってもエレベータのドアが開くと目の前に受け付けがあるような零細企業が入居しているようなエンピツビルはいけません。こういったところは大体個室はオフィスの隅に給湯所と一緒にあるようなところです。やっぱり、ロビーに守衛がいなくて、入居しているカイシャの案内だけがあるような、できるなら、一階のロビーの片隅にドトールなんかがぽつりと入っているような明るい構えのビルが最高です。 

出先から戻る
さて、出先で無事に当初のビジネスの目的を果たして、ほっと一息つき、エレベータに乗りこむわけですね。もう、時間も遅いことだし、今日やることは明日にするというのが、正しいニッポンのビジネスマンが取るべき道です。オフィスに電話を入れると特に緊急の連絡もなし。じゃぁ、ワシこのまんま帰るかんね、なんて連絡を入れてエレベータを降りると、どうもイヤな予感。そう、さっき客先で出されたアイスコーヒーが良くなかったのか、急に例の不快感が下腹あたりに蘇ってくるわけです。
緊急事態というのは午前中が多いものですが、たまにこういったケースも午後の遅い時間にはありえるものです。それなのになぜ午前中に清掃することが多いのでしょうか。不思議なものですね。
まぁこういったケースではやっぱり途中のマクドナルドだとかドトールだとか、駅前のデパートなんかに駆け込むケースが多くなります。
しかし、こういったファーストフードの店では、この時間帯10代の高校生に占領されていたりするもので、以外と空きがないケースが多いようです。やっぱりあせらず、そういやこないだ早川ノベルズに新刊が出ていたよなぁなんて余計なことを必死で思い返して駅ビルの4階あたりをうろつくわけです。
時間はたっぷりあるので慌てる必要はありません。ゆっくり探せば結構なのですよ。
京都駅ビル
さて、今、関西出張を終えてこれから京都から新幹線で東京に戻ろうとする主任・島謙作。客先での仕事は無事終えて、電車に乗ったら感じたあの下腹の不快感。京都の駅に降り立つと、巨大な京都の駅ビルの中にあるも蒲田行進曲もびっくりというような大階段。ここで階段落ちしたらコェーなぁ、ピンポンだま転がしたら面白そうだなぁ、ボーリングの玉転がしたらきっと怒られるだろうなぁ、なんて思いながら、エスカレータを登り駅ビルの屋上に立つ。
人影のまばらな屋上でゴルゴ13を待つ殺人の依頼者みたいに京都の町並みを眺めながら、京都伊勢丹の入ったこの駅ビルのどこのトイレに入ろうかなんて、タバコを咥えながらさり気なくフロアの案内図なんかを眺めているわけですね。
もどる