2004/01/20
冬の週末の朝、朝から空が暗い。
どうせなら、愛車で出かけたいところだが、本日の天気は予報では「雪」
年明けで休みボケもろくに直らない年はじめ、一週間は先週と比べてやけに長いし、年の初めからやけに緊張感ばっかりの仕事で月曜から金曜までみっちりだ。そんな金曜の夜遅くに仕事の依頼が入る。
海の見えるところにある、とある工場のシステムのチョーシが悪いんで、週末に見てきてくれという話だ。まぁ、仕事だ、仕方ない。どうせシステム屋の仕事なんて毎回そんなもんだ。朝の始業前に来い。昼休みこい。夜8時からだったらシステム止めてよぉし。うーむ、無理だなぁ、土曜日やろうか、日曜日の夜なら確実に止められるって。
そうして昼間は暇なのだ。鼻くそホジクリながら午後にならないと更新されない昨日のハイテクニュース読むか26個しかない文字で、わざわざ複雑に書かれているシステムのマニュアル読むか、苦労して覚えたにも関わらず、すっかり忘れてしまった5000個の漢字を駆使して言い訳メールを書くくらいしか仕事がない。せいぜい仕事ったって、CDをトレィにぶち込んで2〜30分も待って、さて蛇が出るかジャが出るか、みたいないい年こいて時間つぶしの仕事だ。それがあんたの仕事だよとボスに叱られる。
二日酔いのまま朝9時にやってきて、明日の朝の二日酔いのために「5時からオトコ」に命を懸けるラインにすっかり乗っちまったボスと一緒にオフィスの玄関を出る。ヤツは駅前の飲み屋街、コッチはそのまんま「これからお待ちかねのお仕事」。そんな毎日だ。そんなもんだ。残業代のないラインからもすっかり見放されたシステム屋の主任なんて。
都心の始発駅から週末の朝の遅い時間の下り中距離電車だ。はじめに座ったシートは、思いっきり駅便の車内販売の隣で、あんまり気分もよくないので、隣の車両に移る。ここでは携帯電話のスイッチを思いっきり切っとけよのステッカーの下にドカリと座り込むと、さっきキオスクで購入した「いかにして明るい週末を楽しく過ごすか」といった金と暇さえあれば夢のような内容になりそうな雑誌を取り出して読み始める。
海辺の町の駅前で雪の中30分待ってやっと来たタクシーのウンちゃんは「いやぁ、今日の峠は通行禁止だってよ」とフロントウィンドのワイパーに向かって話しかける。そういえばあの日も朝から雪だった。
「あんまり着る機会ないからね」と明日晴れ着を着る女の子からの電話があった翌日。朝から、雪。
電車なんか走っちゃいないし結局3時間遅れでなんとか待ち合わせ場所に行けたんだけど、そこにはどうしようもない交通事情で右往左往するヒトビトがウロウロするだけの駅前の改札口だ。「だろうね、だから今日はクルマでくるの止めたんだ」
と一応の会話はしてみるもんだ。それがまともな社会人の礼儀というモンだろう。手馴れたヤツをキーボードにいくつか叩き込み、使い古しの愛想のいくつかを口から発射して頭をぺこりと下げると今週最後の仕事は終わりだ。
こないだ行った駅前の素敵な定食屋でえらく遅い昼飯を食えば、海辺の町の雪の午後も終る。あとは電車に乗って帰るだけ。
しばらくたって、あの雪の日と同じ駅前で、また待ち合わせをした。遅い春の日。雪はすっかり止んでいたが、まだ空は暗い。あの日3時間遅れでたどり着いたあの改札口で、その日3時間待った。3時間後に彼女はやってきた。そしてその日に遅れたことを詫びた。
その日は髪型を変えるために遅れたという。
天気予報ではまだしばらく荒れ模様だそうだが今日はこのままどうやら明るいうちに帰りつけそうだ。やれやれ、あの日の彼女は今頃どんな髪型してるんだろう。その日の耳飾りはまだ持っているんだろうか。それとも醜い穴を白い耳たぶに開けたんだろうか。
雪がもっと積もれば、いやな音も記憶もかき消してシンとしたモノクロの世界なのに、やけに白と黒のあの日の風景だけが帰りの車窓の向こうに流れていく。どうせひどい週の終わりなんてこんなもんだ。
雪、そして海の見える町。
レールの継ぎ目の音を聞きながら、古い記憶をたどってそのまま、手にした週末雑誌のページをたどると睡魔が襲う。そして昔の記憶に落ちていった。