2003/03/02
朝の電車には二種類のニンゲンがいる。前も言ったかもしれないが、座れるヤツと座れないヤツだ。座れるやつはまぁどうでもいい。座れないヤツにはさらに二種類に分類できる。
「人柱」になっているやつと、「人柱」に寄っ掛かるヤツだ。
今日の島謙作はどう見てもひどい「人柱状態」である。肩には「燃えないごみまであと3ヶ月」といわれそうなボロボロのコンピュータと周辺機器が詰まった馬鹿でかいカバンが食い込み、両手は網棚の端を掴んでいる。膝は目の前のOLさんのスカート捲り上げて膝の間だ。それでも彼女は眠っている。
たいしたもんだ。彼女は大物になれる。
それにしても両隣の奴ら、どうやっても涼しい顔をして新聞読んでるんだから、世の中公平じゃぁないよな。どうもこの位置が悪いらしい。ひとりががんばれば周囲2m以内のニンゲンは何とか立ってられるらしい。半径2mの狭い世界。狭い視野。狭い付き合い。ちょっとは他人の役に立っている。人柱になったやつの人生の価値なんてそんなもんだ。
ポケットの中の安物の手巻き時計は、すでに5分遅れている。一時間にヒトのより5分遅れる時計だ。全く使い物にならない。時計を見るたびに、別な時計のを探してしている。いつも自分の時計を見ては他人の人生に合わせようとしている毎日。
網棚を掴む手がブルブル震えている。それはノシかかれた重みに耐えているという訳だけではないようだ。どうもさっきから下腹の調子がよくない。きっと昨日の夜、寝る前に飲んだ冷たいミルクが利いてきたんだ。だからガキの飲み物は飲むものじゃない。どうしよう、途中下車しようか。
ところが今年からは、こういう思いをぐぐっと下腹の痛みと共に押し込めなければならない事件が起こったのである。
なんと今年から、島謙作の勤務先である「アイランドセンター株式会社」から「フレックスタイム」という言葉が職場の共通辞書より削除されたのである。いわく、
「9時から会議だというのに集まりが悪い」←そんな時間から会議すんのはカイシャにしがみついている管理職だけだ。だいたいてめぇら、会議ばっかりやってるくせに金稼いでないんだろ。給料ドロボーめ。「取引先が9時から仕事してんのにウチだけフレックスでぇーすというのは非常にまずい」←今時、フツーどこの会社だってフレックスだろ。客先行ったら朝礼の最中だったら失礼だろ。大体早く行ったところで客先の担当者はまだ出勤さえしていない。いつもだから客先では9時半出社。大体営業だって10時にアポとるのが普通だぞ。大体、小学校でもあるまいし、朝礼やってんのウチだけだぞ。。
「仕事は昼間集中するもんだ」←昼間から仕事するシステム屋って信用できるかぁ?「じゃぁ夜10時にシステム止めまぁす。で、今夜はまた徹夜なんだなぁ」って仕事してるんだぞ。その言葉をそのまんま返して、こんどウチの人事部のシステムのコンセント昼間っから引っこ抜くぞ。9時から5時までシステム止めて、テメエ等の脳みそもついでにメンテナンスしてやる。少しはスカスカしてすっきりしろ。そうすりゃ、もっと物事考えられるようになるぞ。
「遅刻厳禁、今度はペナルティもあるかんね」←そして主任は残業手当も休日出勤手当てもなく、代休も電話呼び出し食らって遅刻三回欠勤カット
「朝早く出勤しても早出手当はなし」
←徹夜しようが、客が使い始める前にシステムの点検行ってもボランティア。「勤務時間をごまかすヤツがいる」
←成果主義だとか実力主義だとかふざけたことヌカす癖に、まだ従業員を時間で束縛しようとする。だったら時間分給料払えってなもんだ。
とは言っても悲しいかな宮仕え、ここはぐぐっと我慢して、タイムカード押すためにオフィスの最寄の駅まで我慢するしかないのだ。
ところでだ。そういうことを言い出したのが、例の○○コ常務らしいとのもっぱらの話だ。そんなふうに三回連続して遅刻したある日の午前9時15分、朝から眠気さましに大量に飲んだカフェインが効いたせいか、エレベータホール脇の部屋のチューリップにちょいとした用事があったりするのですね。
朝から個室は満室状態。
すると、背後に密かにヒトの気配がする。別に振り返るつもりもなかったんだが、なんとなくそっちに目が行ってしまうと、カタリとドアを開けて出てきたのは例の常務だ。
思わず自分の持ちモノ掴んでいる右手が逆上する。
「テメー、○○コするんなら家でしてこい!
だいたいよぉー朝電車に乗っていて途中下車したら遅刻扱い連続三回欠勤カットで、どーしておめぇみたいに重役出勤して会社で用足したらお咎めなしなんだぁ。
そうやってフレックス禁止にしたテメぇーはなんでこんなところに入っていたんだぁ。
こっちは朝から仕事する気で満ち溢れて十分腹の調子整えて家出てきて遅刻三回欠勤カットなのに、どうしてテメーはそうやって重役出勤してエラソーに個室使っているんだ。
それとも前にテメェがいた大会社、クビになって、今はこんなチンケな子会社だ。個室どころかパーティションもない大部屋オフィスの中小企業の役員だからってエラソーに朝からみんなの大事な個室使ってんじゃねぇよ。テメェは客に頭下げて仕事もらってきたことあんのか?」と思わず常務のネクタイ掴んで思いっきり振り回してTOTOマークにガツガツぶつけて、白い磁器を真っ赤な鮮血に染め、どつきまわしたい、殴り殺したい、こいつの口を水栓の角に押し付けて水攻めにして、底にたまった水に顔を押し付けて...などと強烈な誘惑に駆られるのだが、ホラ、何しろ、ホレ、アレしている間でしょ。オトコのコにとっては一番無防備なホトバシル瞬間なんですよ。手ぇ離すと大変なことになるし...
「太陽にほえろ」でショーケンがヤラレタんだってあの時だったしなぁ...
「出るものは止められない、頼む、オレを逝かせてくれよぉー」まぁ、そういう瞬間だってあるわけですよ。
今日もということは昨日の朝も混んでいたということで、きっと明日も混んでいるのだろう。だが明後日の出勤は楽になるはず。何しろ土曜日なんだからな。だってなぁ。土曜も仕事があるんだな。土曜の朝も仕事に出かけなければならないこんな人生、どこか間違っている。
タイムカード定時に押すのが仕事、でもタイムカードを押した分、もらえないもらえない給料。
そして、このラッシュアワーからハラが痛くても途中下車できない人生。
立ち方ひとつで人柱になるいつものウィークデーの朝の電車。
のろのろと進むヒトより五分遅れるオレの時間。
やっぱりどこか間違っている。
終点まであと二駅。
朝の通勤快速。
レールの上。